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特命教授コラム

 
教育の社会工学(2)
東京工業高等専門学校 特命教授 矢野 眞和

▋「生活の質」を測るものさし
 私が、大学に入学した折には、社会工学科はまだ設立されていませんでした。学部を卒業して民間企業に就職した後に、社会工学という新しい学問領域に関心を持つようなり、いくつかの偶然と選択が重なって、研究者の道を歩むことになりました。

 大学に戻って、さまざまな研究プロジェクトに参加させてもらいましたが、その頃、国際的に大きな話題になっていたのは、「生活の質」を評価する「社会指標」の開発という研究テーマでした。経済的に豊かになっても、必ずしも「生活の質(Quality of Life)」が向上していないのではないか。こうした反省から、GDPのような「経済指標」に代わる「社会指標」の開発が盛んになった時期でした。

 社会計測なくして社会設計なし。そんな気持ちも重なって、「生活の質」を測るというプロジェクトに参加する機会を得ました。私たちが着目したのは、「お金の使い方(家計調査)」による生活の計測ではなく、「時間の使い方(time budget)」による計測でした。一日24時間は万人に平等な資源ですが、その使い方(睡眠・労働・家事・レジャー・学習・休息など)は人によって大きく異なっています。時間の使い方に個人の「好み」や「選好」が反映されているはずです。しかも、時間は計測できる強力なものさしです。したがって、時間の使い方という数量的勘定から、個人の選好および社会の選好を計測できるのではないかと考えられます。たとえば、都市生活の質は、「生活の多様性」として指標化できるのではないか、という仮説です。

 このプロジェクトの成果は、原芳男先生を代表として、『生活時間の構造分析-時間の使われ方と生活の質』(大蔵省印刷局、1975年)にまとめられました。この経験を踏まえたその後の研究成果として、私たちは『生活時間の社会学-社会の時間・個人の時間』(東京大学出版会、1995年)を編んでいます。興味のある方は、ご参照ください。

 ところが、「生活の質」の指標に関する国際的関心は、1975年ごろを境に急速に衰退しました。1973年の石油ショックを契機とした国際的な経済不況が大きな理由です。経済成長の終焉と失業率の増加という事態になれば、生活の質よりも、生活の糧が深刻でしょう。しかしながら、「生活の質」を測るものさしの研究が、消えてなくなったわけではありません。それどころか、21世紀に入って一段と活性化しているようです。最近は、『幸福(Happiness)』をキーワードした研究がたくさん蓄積されています。『幸福の研究』『幸福をはかる経済学』などの翻訳本を検索してみてください。

 こうした分野の研究は、経済学や社会学などで盛んですが、大切なのは、モノづくりや技術開発からのアプローチです。「モノが豊富になっても幸せにならない」というレトリックがしばしば登場しますが、それは間違いで、「幸せにするモノづくり」があってはじめて幸福が実現するのだと思います。幸福の工学化とともに、工学の幸福化が求められているといえるでしょう。

・・・次回へ続く・・・