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特命教授コラム

 
教育の社会工学(1)
東京工業高等専門学校 特命教授 矢野 眞和

▋「工学の社会化」と「社会の工学化」

 聞きなれないタイトルにしましたが、教育問題を社会工学的に分析し、解決したいという私の願いを込めたものです。そもそも社会工学という言葉を耳にした方は少ないと思いますが、東京工業大学に社会工学科というユニークな学科が設立されたのは、1966年のことです。

 設立の趣旨にはさまざまな思いが込められていましたが、時代が産み落とした一つの果実だったと思います。この学科の新設は、土木・建築系と社会科学(経済学・社会学)系の先生方によって立ち上げられ、両者の協力によって文理融合の新しい学問領域が切り開かれました。文理融合や学際研究は、いまではどこでも聞かれるようになりましたが、50年ほど前の熱い論議から誕生した社会工学科は、時代の先取りだったといえるでしょう。

 高度経済成長の1960年代は、経済的豊かさを実現させた時代でしたが、同時に経済成長のひずみ(都市過密問題・交通問題・公害問題など)が深刻化した時代でもありました。こうした社会問題を解決するためには、伝統的な学問領域に閉じこもることなく、専門を横断する知の動員が求められるのは必然的なことでした。

 いいかえれば、社会の求める技術が大きく変わるとともに、社会を新しく編集する技術が求められるようになったといえるでしょう。たとえば、建築の技術は、建物を建てることだけが目的ではありません。建物と街の社会的組合せが生活を豊かにする必須の要件であり、建築や土木という工学と社会の折り合いをつけること、つまり工学の社会化が強く求められるようになったのです。

 その一方で、人々が幸福に生きるためには、目に見えない複雑な社会を可視化し、社会の仕組みを編集し直す必要も高まりました。経済計画や社会計画に大きな期待が寄せられるようになった時代です。こうした計画には、工学の技術的方法が有力な示唆を提供してくれるはずです。工学の特質は、「計測」と「制御」と「設計」にあると思いますが、その応用的展開からすれば、社会を計測し、制御し、より良いものに設計するという発想になります。つまり、社会の工学化が求められるようになった時代でした。

 こうした二つの動きが合流し、より良い「社会の設計」をめざした社会工学が誕生したと私は理解しています。二つの潮流は、今では大げさに語る出来事ではないでしょう。ICTやロボットなどの技術開発は、工学と社会の密接な相互作用とともに実存しているからです。それらにとどまらず、あらゆる学問が社会工学化しているように私には思えます。社会工学という言葉が世間に流通しないのは、工学と社会があたり前のように融合し、しかも多様化し、それぞれの領域で異なった言葉が使われているからだと思います。