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特命教授コラム

 
技術開発のヒントをもとめて
東京工業高等専門学校 特命教授 丹野 浩一
2016.01.20
▋新年を迎えて

 政治、経済面で課題山積、混沌とした世界情勢とは異なり、今年の正月は暖かく穏やかに迎えた。すでに早春の花の便りも届き、庭先の梅の蕾みの膨らみもこれまでになく早い。過ごしやすいことはありがたいが、現時点で雪も極端に少なく年々深刻化する温暖化が心配され少々複雑な気持ちだ。
 この度のCOP21(国連気候変動枠組み条約締約国会議)では、またも先進国と発展途上国間の主張の隔たりが際立ち、その行方に気を揉んだが、何とかパリ協定の採択にこぎ着けた。それぞれに言い分があると思うが、温暖化関連のデータを見ているともう余談は許されない状況にあると思われる。COP3だったろうか? 初期の頃の会議で、会議の様子が放映された時があった。その中で議決がなされようとした時に海抜の低い環礁国、ツバルだったか? モルディブだったか?定かでなくなったが、同国の首長が動議を発動し「私たちの国が無くなることを考えて欲しい!」と声高に主張したことを思い出す。あれから20年近くを経過したが本質的な解決に繋がる方策は打ち出されていない。かけがえのない地球の環境保全のために叡智を尽くした方策を早い機会に打ち出して欲しいものである。
 わが国の産業分野におけるCO2の削減はすでに努力の限界に来ていると言われる。むしろ私たちの生活面での省エネが望まれている。デパートなどに行けばまだまだ必要以上と思われる暖房状態となっているところもあるし、しばしば公的会議の場でも暖房が効きすぎているところもある。聞けば微妙な調整が出来ない古いシステムだとか。地球は高い浄化能力でここまで何とか来ているが、世界中が先進国のような物的要求を満たすとすれば大変な事になることは自明である。年々増大する災害の復旧経費も多額になって来ており無視できない状況にある。
 皆が協力して省エネに努力しなければならないし、技術に関わる者はこれまで以上にエネルギーコストを意識した開発をしなければいけないのだろう。社会実装教育においてもコンセプトを構築するにあたり常に意識して欲しい点だ。環境政策に政治的なことも絡みあって解決が難しい課題ではあるが、取り返しがつかなくなる前に世界が協調して知恵を出し合い地球環境の持続へ向けた連携が図られることを願わずにはいられない。



▋高専生の底力

 ところで毎年卒業生から送られてくる年賀状を見ていると、折々の動きを垣間見る事が出来る。今年は海外で活躍する卒業生からの便りが一段と増えた。それも以前のように研修や技術指導といった一時的なものではなく、「今年で海外生活4年目になりました」とか、「こちらに来て技術を離れて商品開発のための市場調査の仕事をしてもう5年になりました」とか、「○○に来て○○の開発の仕事に没頭しています」など、数年に亘って海外の地で生活する者が増えて来ている。いよいよグローバル化が身近に感じられるようになってきた。外国で仕事をしているうちに「人間らしい生活とは何か?」とか「生きるために仕事をする」という姿勢を学んだという話や、「家族ともども海外で生活し日本では体験できない貴重な経験が出来た」など、かけがえのない体験をしている様子が伝わって来た。実践の場で自然に英語力が身についている様子も伝わってきて、そのうち英語に弱い高専生などと言われない時代が来るかも知れない。

地震と津波によって海中に没した地
 正月の話題をもうひとつ。地元の新聞やテレビで高専生、卒業生の地域での活躍が紹介されていた。一人は一関高専の学生。東日本大震災の時、当時中学3年生だった彼が卒業式で涙しながら読み上げた答辞、「天が与えた試練というには、むごすぎるものでした。つらくて、悔しくてたまりません・・・」に心を痛めた方も多いと思う。当時全国に放映されたからご記憶の方も多いだろう。彼が今春から地盤強化の仕事で社会貢献したいとの強い意思で、その分野の仕事に就職することを決めたことが紹介されていた。被災者の一人として沿岸部の地盤沈下などの被災を目の当たりにし、減災社会に向けて貢献したいとの強い意志を貫いたのだろう。
 また仙台高専を経て国立大学を卒業した30歳の卒業生が、地域活性化に取り組んでいる様子が紹介されていた。きっかけは高専5年生の時に仙台市のシンクタンクに参加し、街中に田園資源を活かす政策を研究中、実践の場として地域の方々と真剣に議論を重ねていくうちに心が躍ったことがきっかけだったらしい。すっかり入れ込み卒業後当地に移り住んだ。彼女の人柄と行動力が地域の方々にかわれ、なんとこの若さで町内会長に推薦され、現在は仕事をする傍ら会長として自治体と連携し、農園に通じるアクセス道路の新設ほか楽しく明るい街づくりを実現しようと壮大な夢に挑戦していることが紹介されていた。地域との連携は簡単なことではないが、本人の熱意通じ、人柄が認められたのだろう。心楽しい気持ちで記事を読んだ。それぞれに体験を活かし、地域社会の発展に貢献していくことを期待したい。高専卒業生が地域社会の発展に積極的に関わることは地域貢献を求められる高専にとって望ましい。
 あらためて高専卒業生の実践的な対応力には感心させられる。高専卒業生はやっぱり逞しい。このやってやるぞ!の精神が昔から「高専魂」という遺伝子として脈々と受け継がれているのだとあらためて考えさせられた。高専卒者は社会発展の大事な一翼を担ってきているにも関わらず、しばしば制度問題にゆれるのはなぜか?理解出来ない。少数派ゆえか?
 しかしながら技術面でも市場面でも情勢は大きく変わって来ている。高専関係者においても実績に安住することなく、常に社会の情勢に関心を寄せて教育の在り方を常に自らチェックし、高専ならではの人材育成を目指す努力が必要に思う。



▋社会実装教育はじめ課題解決教育への取り組みにあたって

 さて、当プロジェクトは大学間連携推進事業の助成を受けて、おもにロボット技術分野を主体とした社会実装教育を推進しているが、年々参加校が増え、今年度は国土交通省の協力を得て進めるプログラムも含めて16校49チームまでに成長してきている。運営の在り方や評価の在り方も工夫を重ね年々充実して来ており、成果の一例を教育論文として日工協などに公表するなど、着実に成果が上がってきていると実感できる。
参画する教員や学生が、試行錯誤しながら教育が目指す理想形をさらに求めて努力しているところであるが、一方で取り組み事例が増えるほどに定期的な趣旨の徹底も必要になって来る。この教育はキャッチアップ型に対応してきた従来型の教え込み型の教育スタイルを改め、学生自らが社会と接点を持ち能動的に学ぶことによって、将来社会変革を起こすことが出来るような技術者を育成する事を目指している。COOP教育型のアクティブラーニングのひとつとも言えるもので、新しい時代に対応した技術者センスを身につけてもらう新しいタイプの教育として期待される。少子化が進む一方、世界的に技術競争が厳しさを増す中で、学校と企業や社会とが連携した教育の場はきっと必要になってくると信じる。
 さて、学生諸君もこのコラムを見てくれていると思うので少し具体的に述べてみたい。
 企業や社会のCOOP教育への理解はまだ十分とは言える状況にはない中で、連携教育を推進することには相当の努力を必要とする。必要性の理解の高まりに向けてひとつひとつハードルを越して行こうとする熱意が必要である。この教育がねらいとするポイントを一つ一つ確認しながら取り組み、これから求められる技術者としてのセンスを一人でも多くの学生に身につけて欲しいと願うものである。そのための教育環境づくりが急がれる。
 いろいろな見方があると思うが、おもなポイントを上げると、①社会(企業を含む)と連携しながら進めること、②取り組もうとするテーマに対し、課題を整理し、技術面や市場価値なども含めてコンセプトを構築すること、③著しい技術開発競争の中でユーザが求める機能、性能を満足するための独創的なモノづくりやシステムを、広く情報を収集し、異分野の者とも連携して造りあげる姿勢を身につけること、④構想から完結まで一連の流れを通してみることなどである。これまでの教育の中で④は以外に実践されてきていないように思われるが、完結させてみるところまでやってみることは大変大事である。これまでにない教育手法なので教員、学生それぞれに難しい面があると思うが、この経験は将来きっと役立つところ大と思われるので頑張って継続的に取り組んで欲しい。

 技術シーズやコンセプト構築を見ていると、取り組みの中には限られた専門の範囲のアイデアに留まっていると感じる事例もしばしば見受けられるので、今回は②の技術面から独創的なアイデアに繋がる技術活用のヒントの事例についてふれたいと思う。 
 技術開発のヒントはデスクワークからだけではうまいものは見つかりにくい。観察する眼を持って情報を集めてみると、技術開発のヒントはいろいろなところに転がっている。行動し考え続けていると、あるとき突然アイデアが浮かんで来るものである。家と学校での勉強以外のところで得られる知識も重要であり、その知り得た知識、経験を総動員してコンセプトを構築しよう。受験がない一貫教育の環境、時間を最大限に活用し、今できる最高のものを引き出す努力をしてみてはどうだろう。


▋自然に学ぶ:驚くべき機能・性能

 最近、植物や昆虫などの優れた機能に学ぶ事例が増えてきた。ノーベル医学賞を受章された大村智氏の放線菌の活用は記憶に新しい。動物・植物などの機能についてはテレビでもしばしば特集番組が組まれるようになったから、すでに参考にしている諸君もいるかもしれない。


トンボの羽根表面の気流解析と小幡教授らの試作品:NHKアーカイブ:
 この正月開けにも、NHKクローズアップ現代やスーパープレゼンテーションなどで昆虫の機能に着目した最近の技術開発の事例紹介があった。痛くない注射針の開発が蚊の針を参考にしていることはよく知られているが、前者の番組ではその理屈を詳細に解説していた。痛点を通り過ぎることが出来る針の細さ、そしてギザギザの2本の針で交互に刺し込む。刺したことが関知されない巧妙な仕組みにおどろかされる。痛くない注射針の開発にたずさわっている教授も、仕組みを知ったときは目からウロコだったそうで、「蚊は究極のマイクロロボット」だと表現していた。また、カイコのシルクが鉄の繊維と同等の引っ張り強さを持つことや、しなやかでかつ拒否反応が少ないことから人工血管の開発に応用展開されている。また弱い風でも廻る風車の羽根の形状の開発のヒントには、トンボの羽根の表面形状に学ぶことなども紹介されていた。トンボの羽根の表裏面の巧妙な形状がヒントになっているそうで、弱い風でも回転力が生み出される仕組みを紹介していた。それにしてもどうしてこんな形状がつくられてきたのか自然の営み、造型に畏敬の念を感じる。社会実装教育の取り組みテーマの中にも水車や風車で地域貢献を使用とする試みも見られる。ベルヌ-イの定理など流体工学で学んだ知識を思い出して、さらにオリジナリティーに富む翼を開発して見てはどうだろう。 番組の中でやっていたもうひとつ、フナムシの水分の体内への取り込みの仕組みを初めて見たが、その仕組みには大変驚いた。開発している研究者も、「え!何これ!」足の表面構造とその活かし方に大変驚いたとのこと。昆虫は深化の中で凄い機能を身につけてきたのだなと驚かされる。
 発色材料における蝶の羽根の鱗粉の構造、蓮の葉などの羽毛構造による撥水作用、紫外線予防に対するラビリンス(迷路)や乱反射させる構造、最近は昆虫の抗菌防御構造などいろいろな優れた機能が参考にされてきている。そういえばコバルトブルー、あるいはシャイニーグリーンと変化し渓流の宝石とも言われるカワセミ。あの綺麗な羽根の色は本来の色ではなく微細な羽毛による構造色といわれるものである。カラスは黒いが光が当たると角度によって紫色に輝く。構造色とも言われるが羽根表面のメラミン顆粒の効果によるものとの研究も発表されている。ならばカワセミの羽毛がもっともっと微細だったらどうなるのだろう? 考えてみると面白い。社会実装教育のコラムだから、ここでは答えは書かないことにしておこう。真っ白、あるいは真っ黒なカワセミだったらどうなのだろう。
 このように自然を観察し原理を理解し、発色材料や発色構造の開発のヒントにされている。まだまだ応用開発の道は広がる。垂直な平面を登ることが出来るハクビシンの肉球などに学ぶのも面白いだろう。ロボット技術の展開だけではなく、高機能性新素材の開発など新しい研究段階に来ている。後者の番組では、カイコの繭の形態が環境によって変わることを紹介しており、平板に繭をはらせることも可能なことを知った。将来は絹糸の取り出しを従来のようにカイコの入った繭ごと煮出さなくても良い時代が来そうだ。カイコのためには優しい技術だ。また生糸の引っ張り強さなどの優れた性質に着目しパビリオンなどの建築物の素材に活用しようとの夢のような計画もあるとのことには驚いた。
 マクロの世界からは想像もつかない現象がまだまだたくさん隠れているし、これらの技術の多くは省エネにも繋がる技術が多い。技術者の新しい出番が一山きそうな気配を感じる。もう一度子供の頃のように昆虫や植物を観察してみよう。ただし技術者の目線で緻密に・・・。

散歩道で毎朝見かけるカワセミ
 このような時代に入り、これからは化学が苦手だから機械工学を選んだなどとは言っていられないようになって来た。機械系であっても化学、生物そして分子生物学などの世界に関心を寄せる時代がやってきているように思う。繰り返しになるが、学校で学んだ専門知識だけで独創的な課題解決が出来るのではない。限られた時間を有効に活用し、常に身近なものに関心を寄せ観察し、調べ、応用して見ようとする心構えが極めて大事になる。
 私も観察を心がけているが、変化のひとつを上げておこう。大型の蜘蛛で昔はどこかしこにもいたオニグモを見かけない(仙台圏で)。ここ数年気にしているが昨年は一匹も見ることがなかった。代わって増えたのは女郎蜘蛛ばかり。これも環境変化の影響か?