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特命教授コラム

 
またとない教育改革の機会到来
東京工業高等専門学校 特命教授 丹野 浩一
2015.09.15
▋他者の目線でさらなる発信を!

 このところ教育内容や手法のみならず制度面も含めた改革について熱い議論が交わされています。これまでの教育施策やそれへの対応には嘆きたくなるところもありますが、「危機は新たな成長のチャンス」、この機会を制度面、教育内容面、双方の改革を進めるまたとない機会と捉え、一面からの改革に留まるのではなく、これまで培ってきた高専の強みを大事にしながらも将来を見据えた改革を期待したいものです。
 社会が技術者教育に求めていることやその背景にあるもの、社会動向の将来予測、学生の実状や進学動向など教育を取り巻く環境の変化等々諸々について、事前に十分調査し、育成すべき人材像について真剣に議論した上でキーポイントを外さない教育設計を期待したいと思います。
 平成16年に独法に移行して、高専を含む高等教育には「教学」のみならず「組織経営」という組織面の改革も求められるようになってきました。自立化が求められる中で、教育現場には従来以上に自らの存在や、教育の成果を社会に発信することが必要になって来ましたが、高専についてはまだまだ充分とは言えないように思います。卒業生が活躍する産業界には認知されたとしても、一般社会に広く認知されているかと言えばまだまだではないかと思います。
 本来教育に対する評価は、教育内容や社会貢献などの実績を知ってはじめて適正に評価されるべきものと思います。一般社会ではメディアを通した情報が主であると思いますが、少数派の高専を正面から扱うメディアは少ないこともあって、高専に対する認識はまだまだ充分とは言えません。認知されていると思われる産業界においてさえ技術指導者らからは高い評価を得ているものの、文系出身のたとえば人事系の方などからしっかり理解されているかというと少々心許ないところを感じることもしばしばです。
 一方、高専に卒業生を送り出す中学校についてはどうでしょうか? 現役の頃中学校教員や高校教員の方々と定期的に情報交換を行って来ましたが、その中で高専の教育内容が正確に理解されていない・・・と感じた事が多々ありました。「成績優秀でないと行けない学校」、「理科や数学が好きな生徒が進む学校」とか、「ロボコンの学校」という程度の理解に留まっており、教育内容やその成果などについては十分理解されていないと感じたことがありました。入試説明会に参加された教員が各校に戻り、受験生に説明する際の資料を拝見したことがありましたが、高専についての記述が大変少なく抽象的な説明にとどまっていることを知ったこともありました。無理もないことと思いますが、理数科系の教員には比較的理解されても文化系科目を担当する教員の理解は十分でないことがしばしばでした。
 また、中学校長会による見学会を催したときの事ですが、授業見学を終えてからの懇談の場で「いままで考えていた高専のイメージを変えた」とか実験説明や卒業研究中間発表会などを見て「担任をして関わったあのおとなしかった生徒がこんなに立派にみんなの前で堂々と発表する姿を見て高専教育のすばらしさ、生徒の成長を感じた」とか、「工業高校に比べ成績が良く年数を重ねたようなものと思っていたが、むしろ大学的な雰囲気の中で実験や実習が進められていることに驚いた」などの声が聞かれました。
 このように社会の見方も表面的な狭い範囲から見た程度で高専が見られていることに気づきます。この点、大勢を占める高校や大学のそれとは異なります。高専は他者から見てどう見えているのか、他者の目線になって検証し正確に広報することが大事であると感じています。いまその機会が来ているように感じます。高専の実態をしっかり理解された上で、これからの社会の発展にいっそう寄与出来る高専の設計を考えて欲しいと願わずにはいられません。


▋組織全体での改善取り組みを

 ところで経済界から高等教育における技術者教育の在り方に改善を求める声は、バブル絶頂期を過ぎた頃の1990年台前半頃から増えて来たように思います。その頃私もどのような人材が求められているのか、何が問題として指摘されているのかについて情報を得るために、企業や行政の方々と議論を重ねたり、いろいろな教育フォーラムに参加したりするなどして、その結果を仲間と共有しました。他者からの指摘については同感出来る点も多々あり、それらの情報を分析すると共に教育の現状なども考慮して改善に取り組んだことがありました。基礎重視と学生が自らの学びを進めるための自主学習の時間の確保を目指したものでした。結果的に見れば部分的な改善に留まり、全体に波及するまでに至らなかった苦い経験が思い出されます。当時は「教え込み型」、「詰めこみ型」教育を肯定する教員も多く、改革の必要性を感じとる機運が全体的に熟しておらず、不協和の中で取り組もうとしていましたから定着しなかったのは当然だったかもしれません。当時の反省として活動を継続的に進めるための支援基盤づくり(協力組織の構築)が不十分であったことが上げられます。限られた科目の改善だけでは改善の効果は部分的で見えにくく、さらに継続的に改革を推進しようとするドライビングフォースに至らなかったのです。
 その後右肩上がりの経済成長は終焉を迎え、同時に市場の国際化が進み、日本のモノづくりのガラパゴス化も指摘されるようになり、2000年始め頃になって市場を意識したモノづくりの必要性なども求められるようになるなど、人材育成への要求の内容や質は従来に比べ格段に上がって来ました。先のコラムでも述べたように、モノづくりの世界では技術面のプライオリティイをおさえつつ、自者と他者の優位点を融合させ新しい価値や商品開発を進めるオープンイノベーションなどへと変わって来ています。世界的にはまだまだ高品質の量産品も必要とされる一方で、深刻化する環境問題や、わが国をはじめとする先進国の少子高齢化などもあって、人に優しい真に役に立つ新しい価値を持った商品やシステムも求められるようになって来ています。
 これからのモノづくりは専門力を深めるだけでは立ちゆかず、複合領域も取り込んだ課題解決能力を駆使したモノづくりが必須になって来ています。技術者教育にあれもこれもと要求される今日、どのような教育を進めていけば良いのか迷うことも多いのではないかと思いますが、大事な事は目先のことに対応するのではなく根幹をしっかり捉えておくことと思います。まず依って立つ専門力に磨きをかけること。学習に留まるのではなく、しっかり活用出来るまでにする「学修」へと定着させる仕組み。二つ目は複合分野への対応力を高め、学んだ知識を総合して実質化出来る能力を養成すること。三つ目は共通言語になりつつある英語力の強化(抵抗感をなくす努力が必要)に集約されるのではないかと思います。これらをカリキュラムに落とし込むには組織全体でのコンセンサスが大変重要になります。当たり前のことではないかと思われるかも知れませんが、これを具現化することが以外に難しく苦労されているところが多いように思われます。
 一つ目の基礎強化については異論を挟む方はいないのではないかと思います。二つ目については課題解決型学習(PBL教育:社会変革に寄与できる技術者育成を目指す社会実装教育を含む)の強化によって幅広い多様な能力を付加する仕組みを構築することだと思います。この教育の効果を高めるには、課題学習を補完する仕組み、すなわち他の学科の科目を学ぶことが出来るようなカリキュラムや、他の学科の学生と共に取り組めるような実験実習などの導入、学生が直接社会(産業界も含む)と関わり、課題を探索したり解決して行く仕組みづくりなどの導入も必要になるでしょう。科目間の調整も必要でしょうし、社会との協働教育(COOP教育)の試みも必要になるでしょう。そしてまたこれらを実現する時間の確保も必要になるでしょう。一度シミュレーションをなさってみられると何を解決しなければならないのかよく見えてくると思います。


▋COOP教育のすすめ

 ところで、PBL教育の実施にあたって大事なことは、何のために、どのような能力を引き出そうとして進めるのかを共有する事が大事のように思います。教育の場で進める事ですし、しかも限られた期間で進めるわけですから完成型まで持って行くことは難しく自ずと限度があるのは当然です。押さえるべきポイントは何かを共有し、少なくとも考え方、取り組み姿勢などの習慣化はしっかり身につけさせたいものです。
一段進めた効果を求めるとすれば、産業界あるいは自治体などとの協働教育(COOP教育)が必須と思います。実学を特色とする高専のカリキュラム設計にあたっては教育関係者だけで設計するのではなく、産業界や自治体等の声も聞き、その声に真摯に耳を貸し、ポイントを外さないような設計をすること、一歩進めて技術者とタッグを組んだ講義や実習などを実施することが大事であると思います。
COOP教育を取り入れたPBL教育を進めることによって、社会人からは教員とは違った経験を踏まえた視点からの刺激的な話を聞くことが出来るし、実践に即したテーマ設定や授業展開も図ることが可能になり、学生の心に新たに火を付け学びのドライビングフォースを引き出す事も可能になるでしょう。経験豊富な教員の教育力主導で進めつつも、適宜企業や自治体などの方々も交えた指導体勢を取ることが必要に思います。
経験から見て、COOP教育を成功させるには両者の常なる意思疎通が極めて大事であることを付記したいと思います。それが成否を握っているといっても過言ではないでしょう。
技術者育成に関する会議に出席した経験からみれば、この手の改革の必要性は社会(産業界も含む)と学校の両者が共に理解しているものの、育成の視点や評価の在り方など具体面では両者の認識にはまだまだ相異がみられますし、総論賛成各論反対という面もあり、まだまだCOOP教育を進める土壌は成熟しているとは言えない状況にあります。それだけにこの教育の期待させる教育効果などについて、粘り強く説明し理解を進めて行くことも必要になりましょう。両者のコンセンサスが不足したまま進めては不協和が起きるだけで効果を発揮するまでに至らないでしょう。
COOP教育を進める利点はもうひとつ、常に交流をすることになりますから地域企業や自治体との力強い継続的なネットワークが構築され、地域に根ざした高専としての教育支援基盤も強固になるでしょう。教員が社会と連携することが今後きっといろいろな面で重要になると考えます。


▋効果的な教育活動をするための時間の確保

 このときもうひとつ大事になることはそのような活動の時間をぜひ確保することです。多感な学齢にある学生を教育する貴重な教育機関の高専においては、他校種では味わうことが出来ないような学生の成長を体験できますが、その一方で熱心に取り組む教員は大変多忙な勤務となっていることは事実です。このような中でCOOP教育を取り込むPBL教育を成功させるには、その活動の時間を確保することが極めて大事になります。これを実現に移すことが社会から評価されるこれからの高専の改革のポイントになると思います。
前回も述べましたが、時間を生み出すには授業科目の精選・統合も重要になるでしょうし、課外活動など生活面での自立化を図ることも必要になるでしょう。ぜひ総合的な視点で改革を進めていただきたいものです。教育改革の推進、カリキュラムの改革は教務関係で出来るわけではなく、地域共同テクノセンターや人材育成支援室など全学的な機能を発揮させてはじめて理想的な設計実現が出来るものと思います。大事なことと思いますのでぜひ実現に向けて努力してほしいものです。


▋学生の声に見る成長を実感

 ご参考までに以前私たちが企業技術者を活用したCOOP教育を進めてきた中で、学生にとったアンケートを紹介したいと思います。
 導入当初は「なぜこのようなことをやるのか理解出来ない!」とか「教える側ももっと研究してから導入して欲しい!」などの意見が多々寄せられました。しかし教える側も次第に経験を積んでいきますので2~3年後にはその内容は大きく変化して、「自ら考える事が出来て楽しい」とか「企業や社会のことに関心が持てるようになり、何を求めているのかが何となくわかった」、「異なった学科の学生と知恵を出し合うことの面白さ、意義がわかった」など肯定的な意見が多くなり、新鮮な気持ちで取り組みはじめている様子へと変わっていきました。 従来教えられることになれてきた学生にとって、決まった答えが用意されていない課題に自ら直接向き合い、課題を解決していく学習方法に初めは不安や戸惑いがあったと思いますが、4年ほど経った頃には「このような教育は低学年にも少しずつ入れるべき」などの提言なども聞かれるようになりました。技術者や社会人らとのお付き合いを通して次第に視野が広がり、教え込み型の教育とは違う楽しさや意義を知ると共に、自らの成長を実感できるようになっていっていることが感じ取れました。
 本プロジェクトで推進している社会実装教育においても、社会との関わりを大事にしていますが、学生が福祉施設や老人会の方々と辛抱強くつきあう中で他者を思いやる心も自然と身に付き、コミュニケーション力に通じる人柄も育くまれているように感じられ、ひとつひとつ段階をクリアし、学生が自らの成長を実感していることが伝わってきます。
 これからの教員にとって大事な事のひとつは、学生が教え込み型の学習では意識しなかったであろう刺激的なことに直面し、その都度悩み、他者と相談しつつひとつひとつハードルを越し解決して行く快感と自らの成長を感じ取ることが出来る“教育環境づくり“にエネルギーを注ぐことだと思います。学業成績からでは知ることの出来ない学生の潜在的な多様な能力を引き出す事にもなるでしょう。この教育が全体に定着してくれば創設期の高専生に見られたような社会変革に寄与しようという気概を持った学生の育成が再び可能になると思います。


▋学生の理解をすすめる語学教育を
 最後に三つ目の語学教育について少しだけ思うところを述べたいと思います。
 最近は世界的な共通言語の傾向にある英語教育の強化が急速進んで来ているようです。一部の専門科目なども英語で講義をするということも行われ始めているようですが、依って立つ専門力をまずしっかり身につけさせるという点から見れば、少々先を急ぎ過ぎのようにも思います。進めるとすれば教育手法には相当の工夫が必要かも知れません。まずは実験や実習など身体を動かしながら学習出来る科目から導入するなど環境整備と共に進めてはいかがでしょうか。実験や実習は専門で学ぶ単語も多く含みますし、日常の会話のパターンも多く使われます。また学生がその場で考え復唱出来る時間を持てる科目ですから、自然に身についていくことと思います。急な語学教育の導入によって拒否反応を示す学生が増えていかないような教育的工夫が必要に思います。特別な学生が評価されるのではなく多くの学生が成長していける仕組みを、学生の心理、理解度を確認するなどしながら進めて欲しいと思う昨今です。もちろん英語の授業を英語で行うことは大賛成ですし、外国への留学をすすめることは極めて効果的と思います。外国を見る機会を多くすることは、視野を広げ自立につながって行くものと思います。担当教員のご苦労は多くなりますが事前の段取りを周到にすることを願いたいものです。