メニュー

 

特命教授コラム

 
実学重視の教育を考える
東京工業高等専門学校 特命教授 丹野 浩一
2015.05.15
▋PBL教育を進める背景

 PBL教育の推進に関わっていると、しばしば「PBL教育に基礎は重要か?」とか、「PBL教育をやる前に学生の基礎学力が落ちているから基礎学力強化に時間を割くべきでは?」、あるいは「そのようなことはOJTとして企業のやることだ」などの声が寄せられます。当イノベーティブジャパンプロジェクトのHPにシリーズで掲載しているweb討論会第2回(高専)第3回(大学)における討論の中にも同様のことがあることが話題になっている部分があり、先生方がその対応に苦労されていることをうかがい知ることが出来ます。このことは古くから議論されている教育カリキュラム編成に関する「本質主義」と「経験主義」に関わることでもあり、このような声が出ることは無理もないように思います。
 しかしいま求められているのは、フロントランナーを目指すモノづくりや社会変革を実現する可能性を持った人材を育成することが目的ですから、どちらかひとつという選択的なことではないと思います。技術は高度化複雑化していますし、モノづくりの世界のスピードも情報化の進展もあいまって格段に上がり、もはやひとつの専門をマスターしただけでは対応しきれない状況にあります。また、先にも述べたように開発者の視点だけでは市場に受け入れられない状況になって来ています。そのような中にあっては、使えるべきレベルまで定着させた基礎力が存在感を示すことになり、モノづくりを支える信頼にも繋がります。一方、社会が求めている要求を聞き、解析し、関係事象をまとめて価値あるモノを創り上げていく能力も必要になるでしょう。この能力を育成していくために社会実装教育のようないわゆるPBL教育を通してのモノづくりのセンスが大事になっているのです。
 このようなことを考えれば、当たり前のことかもしれませんが社会が求める商品や社会的な価値創造を競争環境下で造り上げて行くことができる人材の育成には、PBL教育など課題解決型教育が重要であるし、当然ながら十分な基礎学力も必要だということになるでしょう。

 産学官連携フォーラムでの産業界代表者の挨拶にも「求める能力について、今までは元気があれば良いと言ってきたところもあるが、これからは、あれもこれもと欲張った要求をせざるを得ない時代になって来た」との声が出てくるほどになって来ています。
 個々に深化した現場教育は企業にもちろん委ねるとしても、変動著しい時代に志ある学生達が技術者として自立していくための基礎素養はしっかり身につけさせるべきと考えます。卒業生に対する評価に絞ってみれば、「専門力や行動力は十分に評価できるがMOTのような総合力が付加されれば鬼に金棒だが・・・」とか、「もう少し全体を見る目を持つようになるとすばらしいのだが・・・」との声も産業界からしばしば寄せられていることを考えたときに、高専教育が特色としてきた実践教育を実験や実習のみならずPBL教育などを含めた実践教育に拡充しいっそう深化させる意味は重要でしょう。また産業界からはしばしば「学齢からみて各論を詰め込むよりも先輩達が教えることを速やかに理解し、応用展開していける基礎力がまず重要」との声にも耳を貸す必要があるでしょう。本来学術の府であったはずの大学までもが実践教育重視、地域重視と言い始めている昨今にあっては、しっかり社会の声に耳を貸し、高専教育の特色である実学重視にさらに磨きをかけることが重要ではないかと思います。

▋社会と共に教育を考える

 このような実践教育の必要性を理解し進めていくためには、技術者教育に携わる者がまず社会と連携した仕事をする場を持つことが重要と思います。共同研究でもいいし、あるいは社会と連携したPBL教育の実践でも構いません。何かひとつでも社会(企業も含む)と連携した仕事を持つことが重要と思います。情報収集のアンテナが高くなり、モノづくり教育に対する見方も変わるものと思います。たとえば企業などと連携した卒業研究テーマを深めて行くこと、社会実装教育のように社会と連携した課題解決型のPBL教育に継続的に関わること、あるいは教員が自ら他機関で研修を行うなどいろいろ工夫はあるでしょう。その経験を教育に反映させて行くことが実学重視の技術者教育には必要と信じています。
 これからの教育は協働、協創の考えが重要になると思います。教育者の一方的な見方からだけではなく社会との連携を通して得た経験も活かした教育改革を望みたいものです。そうでなければ技術者教育もガラパゴス化と言われたモノづくりの世界と同じ轍を踏むことになりかねないと危惧しています。
 協創教育を進めていくうちにどの段階の教育に問題があるのか?何が問題になっているのか学校教育の中だけでは知ることが出来ないいろいろなことが見えてくるでしょう。

 これまで教育に対して学力が必要だとか、人間力が必要だとか、あるいは評価にしても数値化すべきとか、卒業率を上げるべきと言われたかと思えば一転厳格にすべきなどと、猫の目のように変わる教育行政でしたから、今度は何が来るのだろうと教育関係者が疑心暗鬼になるのも理解出来ます。大事な事は、どんな技術者が求められているかひとり一人が自らの目で直接社会に出向き情報を集め、確かめ、その情報を持ち寄って共有し検討すれば自ずとやるべきことは見えてくると思います。まずグランドデザインをしっかり立て、設計し、改革案を公表していく、まさに教育の社会実装型の進め方が必要かもしれません。

▋理解を促し、学びを引き出すカリキュラムづくり

 基礎学力の低下や、理科離れが指摘されてから久しく、加えて最近は先に述べてきたように人間力や創造的なモノづくりの力などの必要性も叫ばれていますから、限られた学習期間にこれらを満足させるカリキュラムをどう組むかは大変難しい問題でしょう。週5日制やカリキュラムの弾力化、学修の単位化などの時とは求められている背景が異なり、本質的な改革が求められていますから、単純に○○の科目を削って○○科目を入れようというような改革ではないでしょう。細かな科目の入れ替えなどは年次更新するとしても、後々新たな歪みを招かないよう少なくても骨格はつくり上げて欲しいものです。高専卒技術者教育に求められている本質は何か?育成しようとする人材、能力は何か?を見失わないことです。高専卒に期待されている能力は技術開発における実質化出来る能力あるいは実装出来る能力だと思います。改革途上の産みの苦しみを乗り越えて、“これこそ社会が求める技術者教育だ!”と言わせるようなカリキュラムを総意で創り上げたいものです。
 時間割がタイトである高専ですが、社会と連携した社会実装教育などPBL教育を効果的に進めるには、他者に出向き見学し具体的な事例にふれ、課題を見つけたり意見を交換したり、共に作製したりすることが出来る時間を確保することが重要です。少なくとも平日の午後一カ所はそのための活動時間に空けたいものです。難しいという場合でも年間を通して活動のためのコマを入れたいものです。場合によっては長期インターンシップ(数ヶ月に及ぶインターンシップを明確な目的を持って進める)を活用することや、企業などから取り組み内容が不十分で効果が見えないものが多いとの声もある卒業研究を活用することも一考でしょう。いずれにしろ調査、コンセプトに始まり、試行錯誤しながらモノづくりをし、クライアントの声を反映させ改良していくなど一連のモノづくりの姿勢の基本を身につけるためには、一日の午後でよいのでこの活動に当てる時間が欲しいものです。
 また理想を言えば低学年(混合学級などを活用し異なる学科間の学習の習慣化)、中学年(社会(産・官含む)との連携を通して人間力養成や思考展開、なぜなぜ分析など考え方の学習)、高学年(卒業研究や特別研究を活用し社会実装やPBL教育の全体習熟)とそれぞれ学習段階に応じてレベルの異なる内容を取り入れ成長させて行くのが良いと思います。このことについてはまた別の機会に述べたいと思います。
  このような活動の時間を確保する作業は簡単ではないと思いますがカリキュラムの編成の工夫で可能性はあると見ています。どちらかと言えば高専のカリキュラムはコアカリキュラム、分科カリキュラムの比率が高く小さい単位がたくさん並んでいますから、まだ工夫の余地はありそうです。総意で全体設計された内容を相関カリキュラム、広域カリキュラム、総合カリキュラムなどに落とし込む工夫をしてPBL教育を実践する時間を生み出すことがこれからの高専教育にとって必要なことと思います。キャッチアップ型のモノづくりの時代に即戦力と言われて評価されて来た時代はコアカリキュラム、分科カリキュラムが効果を発揮して来たと思いますが、いま求められている多様な能力を育成するにはもう一度カリキュラムの編成から考えてみる必要があるでしょう。

 学ぶ興味を引き出す工夫と自ら学びたいときに学ぶことが出来る教育環境の提供にまずエネルギーを注ぐことでしょう。「あっ!わかった」「だからそうなるんだね!」と理解出来るようになれば学生は自ら走り出すものと思います。それを体感させる前に挫折させてしまわない工夫が必要と思います。これまではどちらかといえば教科個々の指導手法の研究が主体であったかと思いますが、これからはその継続努力に加えて、理解力を高めるための教科間の連携(実験や実習と座学の関係性)を進めることが重要に思います。これには学科間の壁を崩し(無理なら低くし)、教員が互いに心を開き合うことが大事です。高専は小さな学舎に異なった学科が隣接していますから連携が用意で効果的なカリキュラム構築が出来る環境にあります。ところがほとんどがこのところで苦労している状況にあるようです。大事な時期にある今、より良い成果を期待したいと思います。

▋体験事例から

 入学したての学生時代の話です。当時の物理学は数学の授業ではないか?と勘違いするほど初めから数式が並び、どんな理屈で何に応用するかも説明があまりないまま(あったのかもしれませんが、理解不十分で耳に入らなくなっていたのかもしれませんが・・・)にどんどん章が進められ、理解出来ない不安が蓄積して行ったという苦い記憶があります。悶々としていたそんな時にファイマンの物理学を図書館で見つけました。説明がしっかりわかりやすく書かれており関係式も要領よく提示されており、この本に助けられた思い出があります。この本は学習意欲を失いかけていたことを心配したサンズらが教育法の改革に着手しファイマンに依頼して作成されたテキストというだけあって、よく理解が進み物理のおもしろさを知らされた思いがありました。反対にこんなに数式が少なくて良いのか?と心配になった思いも同時にありましたが・・・。その後教員となって応用物理を教えることになった際にもこのテキストを参考に自作のプリントを用意して授業に臨んだことが思い出されます。
 また以前、技術者教育の教職を目指す学生や教員の再教育に携わったことがありますが、彼らと話し合っている中で教職を目指す学生の思考が画一的であったことが大変気になったことがあり、学生の理解力も含めて多様な考え方があることについて議論したことが思い出されます。彼らはその後教育現場で活躍していることと思いますが、試行錯誤し実践教育を進めながら教員として人間として成長しているものと期待しているところです。PBL教育では「課題には対する答えはひとつではない、手法はいろいろある」と言われますが、このことは教育の場においても当てはまることでしょう。
もうひとつ紹介しますと、看護士を目指す学生達に物理を教えていた時のことです。多くの学生達は高校時代に物理を選択していませんから物理は大変とりつきにくい科目になっていました。しかし看護の現場はいろいろな機器に囲まれていますし、生体に関わる事象も物理現象に関わることが多々ありますので物理を学ぶことは最近の看護には大変重要です。そのような状況の中で、学生達の取り組みは真剣で理解力も早いことに驚いたことがあります。学習効果を高めている背景に、ひとつは看護に関わるという使命感が学ぶ意欲を高めていることがあると思いますが、もうひとつは看護研修(現場研修)をしながらの学習の効果があるとみています。現場で目の前にしている事象と併行して物理を学ぶことによって、学習への興味、真剣さが生まれ、理解度が上がっていたのではないかと思います。教え方もはじめは物理学として当たり前の教え方をしていましたが、状況を理解してからは単に物理学としてではなく、現象の物理学として具体的な事例を取り入れたことも効果を上げたものと思います。現実の問題と対比させながら座学を進める効果を体験した場でもありました。このようなことを考えたときに、座学と実学の連携強化、社会実装のようなPBLなどの教育効果は学生の興味を引き出し自らの学びを促進する上でも効果は大きいように思います。