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文書のコミュニケーションと”6W1H”
東京工業高等専門学校 特命教授 中澤達夫
2016.02.15

 今年は暖冬と言われ、実際に温暖だったお正月から、2月は一転して厳しい寒さがやってきてしまいました。学生の皆さんは、卒研などの発表会、卒論をはじめとする色々な報告書・レポートをまとめる時期だと思います。レポートを書くことも、プレゼンテーションの練習もなかなか大変だと思いますが、これまで頑張ってきたことの集大成ですから、きちんと仕上げたいものですね。
 ところで、学生の皆さんが折角頑張ってまとめるレポートですが、評価する側から見ると、言いたいことが良くがわからないものが結構あります。レポートをはじめ文書は、会話と違ってリアルタイムではない場合が多いとはいえ、読み手に何かを伝えるものですから、当然コミュニケーションの一種と言うことができ、相手のことを考えて作るのが大事です。前回(昨年10月)このコラムで、コミュニケーションについて、主に言葉による伝え方、伝わり方のことを書きました。今回は、文書(書いたもの)のコミュニケーションを考えてみます。



▋伝わりやすい文書とは(「想定読者」を考える)

 伝わりやすい文書とは(「想定読者」を考える)
 報告書やレポートなどの文書を書くとき、まず思い出してもらいたい基本は、やはりわかりやすく書くということです。その場合のコツは、まず誰にとって読みやすくするのかをはっきりさせるために、読み手をきちんと設定することです(「想定読者」という場合もあるようです)。
 会話でのコミュンケーションは、話をしている相手に何か伝えて相手からも何かを受け取るもので、伝える相手ははっきりしていることがほとんどですから、その人に向けて話をするのが普通です。目の前に相手がいれば、伝わっているのかいないのかが分かりやすいですが、その反面、相手の反応にすぐに対応しなければならない難しさもあります。
 一方、文書(書いたもの)ならば、予めよく考えて丁寧に説明するように工夫する時間を取ることができます。しかし、書く内容に集中するあまり、誰に伝えるのかをうっかり忘れてしまうこともあります。レポートや報告書の場合は提出先が決まっているので、「誰に」がはっきりしているように見えるのですが、気をつけなければいけないのは、客観的な内容が、伝えるべき人に、きちんと伝わるようにすることです。ここで、伝えるべき人というのは、例えば、レポートの課題を出したり、報告書を受け取って審査・評価をする人のことです。学生さんの実験レポートなどの場合、「先生は内容を十分に知っていて理論も実験結果も自明のことだろうから、細かい説明は省略してしまっても良いだろう」と考えてしまっては、きちんとしたレポートになりません。こういう時は、直接読んでくれるであろう先生だけではなくて、例えば「自分と同じような勉強をしてきて基礎は知っているが、この実験はまだ行っていない人」というような仮の読み手(これが「想定読者」です)を設定することも一つの方法です。



▋内容を整理する(6W1Hを活用する)

 誰に伝えるレポートなのかをはっきりさせることができたら、次に大事なのは、内容を整理して記述することです。このとき、「6W1H」が良いガイドラインになります。
 「5W1H(ごだぶりゅいちえいち)」という言葉は、多くの方が聞いたことがあると思います。インターネット上の用語検索サービスである「コトバンク」によれば、5W1Hとは、「いつ(When)、どこで(Where)、だれが(Who)、なにを(What)、なぜ(Why)、どのように(How)」という6つの要素をまとめた、情報伝達のポイントということで、もともとは、新聞記者が記事を書くときに守るべき事柄として広まったもののようです(https://kotobank.jp/word/5W1H-179226)。今では、ビジネスの文書などで情報を整理し、第三者に明確に伝えるためにも必要なこととされています。
 新聞記事にかぎらずいろいろな文章を客観的に書くとき、これらの事柄を忘れることなく記述すれば、読み手にとって分かりやすいものになります。前の項に書いたように、この「読み手」をきちんと想定しておけば、文章を書くときに必要な記述と、冗長になるので省略するべきとの仕分けができて、読みやすくなるのです。つまり、レポートなどの文書の場合には、内容を考えるための5W1Hにもう1W「だれに(whom)」を加えた6W1Hを使うと考えればよいでしょう。(場合によって、必要でない要素があることもありますが。)
 余談ですが、5W1Hには更に幾つかの項目を加えた沢山のバリエーション、たとえば、「5W1「5W3H」「6W2H」「5W2H」「2W1H」「6W」などの言い方(整理の仕方)もあるようですので、興味がある方はWebなどで調べてみてください。
 レポートでは、Who(だれが)を考える時もちょっと注意が必要です。データを説明する場合や、論文で研究内容を説明する場合、いわゆる先行研究と比較することがよく行われますが、ときどき、どこまでが先行研究(他者の内容)で、どれが筆者自身の研究(自分で実施したこと)なのかが混乱して読みにくい文書になってしまっているものを見かけます。読み手をそうした混乱に引き込まないように、Whoが「他者」なのか、「自分」なのかを整理してはっきり記述することが大事です。調査した先行研究などの内容のまとめの報告部分と、自分自身で実験などを行ってデータを取った内容の報告部分とでは、主体となる「Who」が違う人であることに気をつけましょう。
 具体的な文章の書き方などについてはここではふれませんが、多くの参考になる本がありますから、どれかには一度は目を通すといいですね。
 例えば、『木下是雄著「理系の作文技術」(中公新書)』は定番とも言われていますし、もう少し一般的に分かりやすい文章の書き方を紹介した『辰濃和男著「文章の書き方」(岩波新書)などもあります。いずれもそれほど厚い本ではなく読みやすので、お薦めです。



▋実際に文章を書くとき気をつけたいこと

 実際に文章を書くとき気をつけたいこと
さて、書くべき内容が整理できたら、実際に文章を綴っていくのですが、このときには、使う単語や文にも気をつけましょう。
 話す場合もそうですが、文書の場合にも、自分が言いたいことを、つい「自分の言葉で」書いてしまうことがあります。ここで、「自分の言葉」と言っているのは、例えば、専門用語や専門的な言い方にある略称や略語等の中で、実は仲間内でだけで通用していて、同じ分野の人たちでも必ずしも広くは使われていないもの(「研究室方言」などと言ったりもします)のことです。安易に略語などを使わずに、専門的な説明もできるだけ平易な言葉遣いにするように気をつけるだけでも、読み手にとってかなりわかりやすくなり、より広い分野の読み手に通用するようになります。「専門家相手の文章だから、専門用語はわかってもらえるだろう」と考えて記述を省略するのは間違いの元になります。専門分野が近くても皆必ずしも同じ言葉を使っているとは限らないのです。かといって、正確に伝えようとするあまり、いちいち詳しく説明しすぎるのも読みにくくなってしまいます。この辺りが工夫のしどころです。
 もう一つ気をつけたいのは「あれ」「それ」などの指示代名詞を多く使うことで、混乱しやすくなる心配があることです。例えば、電子メールでの例ですが「日程は来週の火曜日が第一候補ですが、ダメなら再来週の水曜か木曜にしたいので、都合を教えて下さい」という問い合わせメールを出したところ、単に「それで良いです」と返信をもらったというようなことが何度かあります。しかし、返信メールのこういう書き方は誤解を招くおそれが大きいです。この例の場合、返信してくれた人の気持ちは多分「第一候補の来週火曜日で良い」ということだろうと見当をつけるのですが、結局はもう一度確認メールを出すという手間を掛けることになります。電子メールは通常の文書と違って前のメールを引用したりすることが簡単ですので、肯定する部分を引用にするなどして「それ」の内容を改めて明示することが望ましいのです。ここでも、コミュニケーションの原則「相手の立場、気持ち」を考えて対応することがポイントです。この例では、日付を明記するのも、わかってもらうことへの努力として有効だと思います。
 どんな場合でも、相手(ここでは聞き手)を思いやり、丁寧に伝えようとすることが肝心です。


▋文の二義性

文の二義性
 これも余談ですが、専門用語にかぎらず、日常に使われる普通の文章でも、いろいろな意味に取れる場合があります。こういう「二義文」を取り上げた面白い本があります。(山内博之著「誰よりもキミが好き 日本語力を磨く二義文クイズ(アルク)」)。この本に載っている例に「全部できなくても良い」という文があります。どこが二義文なのでしょう?この文は、「全部(一つも)できなくて良い」という意味と、「全部できる必要は無い(一つでもできれば良い)」という意味の2つが考えられるということです。もちろん、こうした文が単独で出てくることは少ないので、全体の流れの中で正しく判断できることがほとんどですが、こういうことにも少し配慮して、誤解を招くことが無いように気をつけると明快な文章にすることができ、さらにわかりやすい文章を書くために役立ちます。



▋“5W1H”の始まり

 さらに余談です。5W1HについてのWikipediaの記述に「5W1Hの始まり」について面白いことが書いてありました。「ジャングル・ブック」という児童文学の作者として知られている詩人のキップリングの本に、5W1Hが出てくるというのです。その本はビジネス書ではなくやはり子供向けで、1902年に出版された「Just so Stories for Little Children」(訳本は「ゾウの鼻が長いわけ――キプリングのなぜなぜ話」(岩波少年文庫)など)です。ここに入っている12の物語の内、訳本のタイトルにもなっているお話(原題は”The Elephant’s Child)の最後に、以下のような詩があります。

I keep six honest serving-men
(They taught me all I knew);
Their names are What and Why and When and How and Where and Who.
(以下略)
(出典:Wikisource, https://en.wikisource.org/wiki/Just_So_Stories/The_Elephant%27s_Child)
「5W1Hという6人の忠実な召使が、知りたいことは何でも教えてくれる」というのです。
   
 キプリングのこのお話では、昔ゾウの鼻は今のように長くはなかったのです。この物語の主人公である子供のゾウは、とても好奇心が強くまわりの人に「なぜ?」「どうして?」と何度も質問しますが、なかなかちゃんと相手にしてもらえません。それでもあきらめずに質問を続け、その結果、便利な長い鼻を手に入れるのです。そして他のゾウたちも、長い鼻が便利なことに気づき、子ゾウと同じようにしてみんな長い鼻になったということです。



▋やはりコミュニケーションは楽しく

 文章を書く(文書を作る)ということは、中々大変な作業です。せっかくの労作がうまく相手(読み手)に伝えわらないのは残念ですね。ふだんからちょっとした気遣いをしてコミュニケーションを取ることを心がけていれば、会話でも文書でも、聞き手や読み手にとってわかりやすくなり、「光る」レポートが書けるようになるし、多くの読み手から参考になるコメントを貰うことができて、その後のレポートの作成にも結構役立つと思います。
 いずれにせよ、レポートを書くことも楽しいコミュニケーションの機会にしたいものです。
 
これまでの中澤達夫特命教授の記事

・ 文書のコミュニケーションと”6W1H”
・ コミュニケーションを考える
 社会実装あるいは課題解決型実習の取り組み方
・ 自動演奏楽器(3)
・ 自動演奏楽器(2)
・ 自動演奏楽器(1)



中澤教授中澤 達夫
NAKAZAWA TATSUO

東京工業高等専門学校
特命教授
長野工業高等専門学校名誉教授
長野工業高等専門学校地域共同テクノセンター特命教授