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特命教授コラム

 
社会実装あるいは課題解決型実習の取り組み方
東京工業高等専門学校 特命教授 中澤達夫
2015.06.15

  社会実装の取り組みは、ごく大掴みにいうと、福祉・介護などの分野をはじめいろいろな分野で、困っていることや「あったらいいな」を見つけて、ロボット(自動化した装置)などを使った解決法を示し、実際に使う方々と相談しながら、装置を制作する、というモデルで始まりました。具体的な取り組み例は、このプロジェクトのホームページに掲載されています。


  福祉や介護などの分野を中心に、生活や仕事をロボットで支援する課題が多く取り上げられていますが、ロボット以外の解決法の取り組みも増えてきています。


▋なんの役に立つのか

  企業の経営に関わっている方々とお話が出来る機会を捉えて「社会実装」について簡単に説明してみたところ、多くの方が関心を示しました。特にベンチャー企業や新規事業展開に取り組んでいる企業の経営者の方などの中に強い関心を示す方が多くいらっしゃいました。「実は今、社内の技術者たちに、似たようなことをさせようと考えている」というお話もありました。「社会実装」の考え方のどこが、企業にとっても良いといえるのでしょうか?
  事業の成功は、世の中に受け入れられる売れる商品を作ることと言ってもよいのではないかと思います。技術者が自分の技術力を信じすぎ、カラに閉じこもって自分だけが良いと思う製品を作ってしまうようになっては、事業としての成功は望めませんし、世の中で役立つ機会も少ないことになってしまいます。いくらに優れた製品でも「商業技術的品」にはならないこともあるのです。
  元大手製造業の社長さんがおっしゃっていた「リーダーのキーワード10」に中に

・常にエンドユーザの事を考えて製品開発する
・常に前向き(失敗は成功で取り返す)

という項目があったそうです。これは、社会実装の取り組みの考え方にも通じる部分があり、もっと言えば学生のうちからエンドユーザを意識したものづくりを体験し、学生のうちに失敗してもやり直す経験をしておくとよい、という考え方にもつながると思います。


▋課題の見つけ方、取り組みの進め方

  「社会実装」の取り組みで大切なのは、課題を現場で見つけること、つまり「あったらいいな」をアタマで考えるのではなく、実際にそれを使ってもらう人と触れ合う中から出てくるテーマを掴まえることです。自分の考え(こんな技術がある、こんなアイデアがある)だけにとらわれず、客観的に見ることが出来るかがポイントです。そのためには、一人で取り組むのではなく、客観的に話し合える仲間と一緒に取り組むことがオススメです。課題について十分に議論し、時には互いに批判しあうことも必要です。ここで「仲間」とは、同じような専門技術を学んでいる友達だけでなく、違う専門の人達も巻き込むことができれば、課題に対する考え方を更に広げることができます。自分が得意でない分野を担当してくれる仲間がいると心強いですね。
  課題の見つけ方、解決法の考え方、具体的な「モノ」の作り方には、当然様々なバリエーションが考えられ、取り組む課題の分野も無限と言っていいぐらい広く考えることができます。高専の学生の皆さんにとっての社会実装への取り組みは、アイデア倒れ(机上の空論)にならないように「実際に作る」という部分が大変重要ではありますが、倒れてしまわないようなアイデアづくりも同様に重要です。そのとき、それまでに学習してきた技術の面だけに頼りすぎると、使う側が期待しないものになってしまうこともあります。そのために、課題を十分に理解することと、具体的な装置などの制作の途中で、もう一度(といわず、できれば何度でも)困っている人すなわち課題の提供者とよく話をしてみることが大事です。
  学校教員の立場からみて、企業はマーケティングということをしっかりやっているものだと、勝手に思っていました。しかし、単にアンケート等でユーザの意見を聞くだけでは十分なマーケティングとはいえず、ややもすると技術に(自信のあるベンチャー企業などでは特に)頼りきってしまい「こんなに素晴らしい機能の製品が売れないはずがない」と思い込んでしまうことがあるようです。つまり、実際に使う人(エンドユーザ)のことを十分考えていない製品を作ってしまう結果になるのです。エンドユーザは、企業人、特に技術者、とは違った考え方をする場合がかなりあるようです。もちろん、エンドユーザの言いなりになってばかりでは、これまた偏った製品になってしまい、利益が出ない、あるいは、思ったほど売れない、ということもあり得ます。つまり、ここでも課題の見つけ方とそこからの展開の仕方が重要なポイントになるのです。
  しかし、学生の皆さんが今すぐそこまでビジネスを考えて悩んでしまう必要はありません。まず、体験してみることです。もし失敗しても再チャレンジすればよいのです。まずは、一番身近な高専の先生方に相談することから始めれば良いと思います。ただし、先生方は必ずしも十分なビジネス経験を持った人ばかりではありませんから、実際の対応法がよくわかっているとは言いかねる場合もあります。だからこそ、学校内で考えているだけでなく、(特に初めは先生と一緒に)外に出てその製品が使われる、あるいは使われることを想定している現場に近い人達とよく話をしてみる必要があるわけです。エンドユーザだけではなく、その周辺の人達(メーカーや販売店など)も大事な関係者であることはいうまでもありません。
  課題が見つかって開発を進めた場合でも、一度で全部の要求を満たした完成品を作ることはまずできないのが普通です。そこで、ある程度考えて取り組んだら「プロトタイプ(試作品あるいは見本)」をつくり、それを見せて相談すると、仲間内でも、課題を教えてくれた人たちとの間でも、具体的な開発・改良を進めるのに役立ちます。ここで、高専生の皆さんがものづくりに取り組み易い環境にいることがメリットになります。初歩的なものであったとしても、一定の基礎に裏付けされて丁寧に作ったプロトタイプは説得力を持つことが大いに期待できます。

▋基礎・理論の学習と社会実装

  基礎をきちんと勉強してから応用(例えば社会実装)に取り組むのが良いのか、まずは応用課題に取り組んでから基礎を勉強する方が良いのかは、いわゆる「ニワトリとタマゴはどちらが先に生まれたか?」と似たところがあります。
  学生の皆さんは何年生であろうと、まだ学習の途中であるわけですから、今まで学んだことだけで解決できることは多くないはずです。実は、すでに社会で活躍しているエンジニアでも、長年の経験があってもさらに調べたり学んだりしないと、具体的な技術課題を解決できない場合が多々あります。ですから、「まだ教わっていないことだから・・・(できっこない)」と躊躇するのも、「知らなくてもなんとかなるさ」と甘く見るのも考えものです。今持っている自分の力を十分に発揮するとともに、今の自分に足りないものは何かに気づいて、それをこれから勉強しよう、という目標を決めることができれば、「社会実装」という学習をした成果があったということになります。
  高専学生の皆さんの中には、実際に手を動かしてものを作ることに興味がある人が多いのではないかと思います。そういうタイプの学生さんは、先ず課題に取り組んでみるやり方がお気に召すのではありませんか。もちろん、その後(あるいは取り組みの途中)で必要になる基礎の勉強をすることが肝心ですが。
  基礎の勉強(高専では「座学」ということが多いです)は、どうしても「教わる」という受動的な態度になりがちで、これを何とか自分のものにしようという能動的な取り組みをすることは、あまり簡単ではないようです。しかし、何かを発想する(モノを作る)ためには熱意やカンだけではなくやはり基礎が必要ということに気づくことができれば、座学への取り組みも違ってくるのではないでしょうか?
  「社会実装」あるいは「課題解決型演習」の主目的は、すばらしい完成品を作ることではなく、モノを完成させるためにはどんなスキルが必要なのか、自分が勉強してきたことは、どのように組み合わせて使えるのか(使えば良いのか)を体験する事にあります。だからといって、中途半端なものを作れば良いわけではなく、その時点で自分にできる最大の力を発揮して取り組んでこそ、足りないものも見えてくるはずです。こういう体験が、徐々に自分の力となっていきます。それこそが、「社会実装」を実践してもらう価値です。


 
これまでの中澤達夫特命教授の記事

・ 文書のコミュニケーションと”6W1H”
 コミュニケーションを考える
 社会実装あるいは課題解決型実習の取り組み方
・ 自動演奏楽器(3)
・ 自動演奏楽器(2)
・ 自動演奏楽器(1)



中澤教授中澤 達夫
NAKAZAWA TATSUO

東京工業高等専門学校
特命教授
長野工業高等専門学校名誉教授
長野工業高等専門学校地域共同テクノセンター特命教授